残業をしたときにつく「時間外手当」。通常は残業した時間に応じて割増賃金が支払われますが、「みなし残業」という制度を適用した場合、残業したと「みなし」て残業代を支払うことができます。
ここではみなし残業の種類や企業にとってのメリット、導入時の注意点を解説します。
みなし残業とは? どのような仕組み?
みなし残業とは、あらかじめ残業を想定したうえで残業代を支払う給与制度のことを指します。
一般的な残業手当は、残業をした分だけ支払うものです。一方みなし残業は、先に「残業した」とみなすため、実労働時間が多くても少なくても残業を払う点が大きな違いです。
みなし残業には「固定残業代制」「みなし労働時間制」の2つがあります。
固定残業代制とは
固定残業代制とは、基本給、年俸などにあらかじめ決められた残業代を含める給与制度です。
「月〇時間分の残業代を含める」という形が一般的であり、どの職種であっても適用できるのが特徴です。
企業において固定残業代制を導入すると、3種類の割増賃金を給与に含めることになります。
- 労働基準法における「1日8時間、週40時間」を超えた時間外労働の割増賃金
- 22時~朝5時まで働いた場合の深夜割増賃金
- 休日出勤の割増賃金
ただし、みなし時間を超えて残業が必要なときは、超過分の残業代を従業員に支払わなくてはなりません。
みなし労働時間制とは
みなし労働制とは、実働時間に関係なく「残業を含む労働時間」を定めたうえで毎月の給与を支給する仕組みです。実際の労働時間の把握が難しい、営業職などによく用いられています。
たとえば1日の労働時間を9時間と定めた場合、8時間を超えたあとの1時間分/日が「みなし残業」とみなされます。また、みなし労働時間制については3つのスタイルがあります。
事業場外労働
外回りの営業職、ツアーコンダクターなど社外での活動が多い職種に対し適用されやすいのが「事業場外労働」です。以下の3つに代表される所定の要件を満たしたとき、事業場外労働が適用されます。
- 事業場外(会社外)で行う業務が多い
- 会社から詳細な指示、管理を行うのが難しい
- 実労働時間の算定が困難である
外回り営業職、バスガイド、旅行会社のツアーコンダクター、在宅勤務者、テレワーカー
参考リンク:「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の適正な運用のために
専門業務型裁量労働制
社員の裁量に任せる方が業務を効率的に遂行できる専門職については、専門業務型裁量労働制が適用されます。
法曹関連、情報処理システム関連職、科学研究者、公認会計士、プロデューサー、編集者、デザイナーなど
※厚生労働大臣が指定する19種類の「特定専門職」が対象。
参考リンク:専門業務型裁量労働制|厚生労働省
企画業務型裁量労働制
労働時間や仕事の進め方など、従業員本人に任せた方が業務効率化につながる場合、企画業務型裁量労働制が適用されます。
人事・労務、生産、経営企画、財務・経理、営業の調査・計画・企画&分析など
参考リンク:「企画業務型裁量労働制」|厚生労働省
企業がみなし残業を導入するメリット
従業員からするとみなし残業制は「実際の残業時間以上の残業代がもらえる」「収入の変動が少なく安定しやすい」というメリットが生じます。
一方、企業においてはどのようなメリットがあるのでしょうか。
- 残業代の細かな計算を省略でき、賃金処理の効率がよくなる
- 人件費の予算が組みやすい
- 業務効率アップにつながる
それぞれ見ていきましょう。
残業代の細かな計算を省略でき、賃金処理の効率がよくなる
みなし残業を導入していない場合、残業時間を計算し、従業員ごとに残業代・賃金の算定業務を行う必要があります。この場合、従業員数が多くなるほど算定業務が煩雑になりがちです。
一方みなし残業を導入すれば、あらかじめ残業代が固定されるので、賃金処理の効率が格段にアップします。
人件費の予算が組みやすい
みなし残業であらかじめ残業代を設定しておくと、人件費の予算が組みやすいメリットもあります。
月ごとの残業代の変動が少なくなるため、見通しが立てやすくなり、経営判断を行いやすくもなるのです。
業務効率アップにつながる
残業代があらかじめ決まっているみなし残業制は、言い換えれば「早く帰るほど得をする制度」でもあります。それゆえ従業員も効率よく作業を終わらせようと努力をするようになり、業務効率アップ、仕事へのモチベーションアップにつながるのです。
企業がみなし残業を導入するデメリット
企業がみなし残業を導入する際にはデメリットもあります。
- 残業の必要がない時でも残業代を支払わなければならない
- 社内で「帰りづらい空気」が醸成されやすい
- サービス残業の温床になる可能性がある
残業の必要がない時でも残業代を支払わなければならない
みなし残業はあらかじめ残業時間を想定して残業代を給与に含める制度です。そのため、業務量が少なく残業が少ない時期であっても、決まった残業代を支払わなくてはなりません。
かえって人件費が高くつく可能性があることを頭に置いておきましょう。
社内で「帰りづらい空気」が醸成されやすい
みなし残業を導入している企業では「残業しなければいけない」と誤解されるケースが多々あります。また、企業が残業を強制していなくとも、部署内で「みなし残業なので定時に帰るのはよくない」という意識が醸成されてしまうケースも多いです。
そもそも、みなし残業を適用していても、定時で帰宅するのは何ら問題ありません。よって、企業側は従業員に対し「必要のない時は無理に残業をせず定時で帰ってよい」と周知する必要があります。
サービス残業の温床になる可能性がある
みなし残業を導入している企業の中には、「この時間以上は残業代が付かないから」と、間違った認識によってサービス残業を強いているケースも多発しています。
しかしこれは大きな間違いで、実際にはみなし残業時間を超過した残業については、別途支払う必要があるのです。このような間違ったルールを適用、浸透させることがないよう、企業は十分な注意と理解が必要です。
みなし残業の注意点とは?
人件費の見通しが立てやすく従業員の業務効率化にもつながるみなし残業ですが、導入時には注意点もあります。
以下を守らないと法律違反として指導、処分が下される可能性もあるので、必ず押さえておきましょう。
雇用契約書・就業規則・募集要項には必要事項を記載する
みなし残業を適用する場合、雇用契約書、就業規則、求人広告の募集要項に以下の「必要事項」を記載する必要があります。
- 固定残業代を含めない「基本給の金額」
- 固定残業代の「労働時間数」と「金額」
- 「固定残業時間を超える残業」「休日労働」「深夜労働」に別途で割増賃金を支給する旨
これらの記載がない場合、違法とみなされてしまう可能性があるので注意しましょう。
基本給が最低賃金を下回らないようにする
月給に固定残業代を含める場合は、固定残業代を除いた「基本給」が都道府県の最低賃金を下回らぬようにしましょう。
基本給部分が最低賃金を下回っていた場合「最低賃金法」という法律違反になってしまいます。
時間超過した分の残業には追加で残業代を払う
先述のとおり、みなし残業を超えた部分に関する残業、休日労働、深夜労働については、追加で残業代を支払う必要があります。
そのためには、次で説明する「従業員の労働時間の把握」を徹底しなくてはなりません。
従業員の労働時間を正しく把握&管理すべし
みなし残業時間を超過した分の残業代を支払うには、そもそも従業員がどれだけ働いているのかをしっかりと把握しなくてはなりません。
社外で働く時間が長い社員(営業職やテレワーカーなど)については、クラウド型で勤怠管理ができるシステム、ツールの導入などを行ったうえで、超過分の労働時間を正確に把握すべきでしょう。
36協定で定めた「時間外労働=月45時間以内」を守る
みなし残業を導入する際は、月45時間以下で設定しましょう。
労働基準法の36協定では「ひと月あたりの時間外労働は月45時間以内とする」という規定があります。よってみなし残業を導入する場合も、この45時間を超える固定残業をつけることはできません。
みなし残業の導入時は労働時間の管理が重要
みなし残業を導入した場合、人件費の変動が少なくなり、管理がしやすくなるメリットがあります。
また近年では「原則として在宅勤務」「外回りの営業スタッフを多く抱えている」など流動的な働き方を採用している企業も多いでしょう。このような企業がみなし残業を導入すれば「利益を生み出してくれるであろう残業」に対する残業代を先回りして支給でき、社員のモチベーションアップ、スピーディな経営判断などの効果が得られます。
とはいえ、みなし残業の導入時には「労働時間の管理」が必須課題となります。
ただやみくもに導入するのではなく、「従業員の正確な労働時間の把握・管理をするにはどうすればいいか」を念頭に置き、勤怠管理ツールの導入・刷新などの対策を行ったうえで導入を検討してみましょう。